2016/11/23

田代三喜

先日話に上がった、中国金元時代の李東垣(りとうえん)・朱丹渓(しゅたんけい)の医学を日本に伝えた田代三喜について述べたいと思う。

 

 

田代三喜は1465年(室町時代)に生まれる。

 

医者を志すものの、当時は僧侶でなければ医となれなかった為、15歳で僧になる。

 

23歳で中国(明)に渡り、12年間李朱医学を学ぶ。

 

帰国後は関東一円にて李朱医学を実践する。

 

晩年には京都から来た曲直瀬道三に指導をし、曲直瀬道三は京都に帰った後、生徒を教育し、田代三喜の医学を世に広める。

 

 

<田代三喜の功績>

1)田代三喜以前は中国医学の模倣であり独自性にかけていた。これを李朱医学導入をきっかけに日本漢方のきっかけを作った事。

 

2)李朱医学に偏執する事なく、金元四大家の医説を実践し、そこから日本流にアレンジした事。

 

3)宗教医学的なものであった医学を実証医学に変えた事。

 

この流れがあってこそ、後世派に対立する形で江戸時代に古方派が生まれたのであろう。

 

 

参考)近世漢方医学史〜曲直瀬道三とその学統〜 矢数道明